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最高裁判所第一小法廷 昭和25年(れ)1118号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人五井節蔵の上告趣意第一点について。

所謂占領軍物資の収受禁止については、既に昭和二一年三月二四日付連合国軍将兵よりの物資購買の禁止に関する覚書に明示せられているのであり、また同年六月一二日連合国占領軍の占領目的に有害な行為に対する処罰に関する勅令第三一一号第一条第四号においては、これが違反に対する裁判権が軍事占領裁判所に属することを定めているのである。そして更に同年七月三〇日に至って、内務司法省令第一号連合国軍将兵よりの物品買受等禁止に関する件が公布施行され、その犯罪構成要件とこれに対する刑罰とを定めたのであるが、この省令は追って前掲勅令第三一一号第一条第四号の規定が削除せられこの種事件の裁判をわが刑事裁判所の所管に移すことを前提として制定せられたものであるため、その刑罰を規定した第三条第一項の次に第二項として、「前項の規定(罰則)は昭和二一年勅令第三一一号第一条第四号の規定が適用されている間はこれを適用しない」と規定していたのである。しかるに同二二年八月二五日右勅令第三一一号第一条第四号は同日公布施行された政令第一六六号によって削除されこの種事件の裁判がわが刑事裁判所の所管に移されると同時に前示省令第一号に替えて連合国占領軍、その将兵又は連合国占領軍に附属し、若しくは随伴する者の財産の収受及び所持の禁止に関する政令第一六五号が制定施行されたのである。されば、所謂占領軍物資の収受が政令第一六五号の施行前においても刑罰法令によって禁止されていたものであることは明白であり、従って被告人が判示物件を収受したのが所論の如く右政令施行前であるからとて、これを適法な行為であるということはできない。それ故判示物件の収受が適法行為なることを前提として論旨に展開された違憲論は、その前提を欠きこの点において採用に値しないものたることは明らかである。のみならず原審は、昭和二三年二月二五日頃被告人が自宅において判示物件を所持していたことを処罰しているのであって、所論政令第一六五号施行前の取得又は所持を判断の対象としているものではない。されば、所論は結局原判決の認定した事実を非難するに帰するばかりでなく、或る物の所持の継続中新たにその物の所持を禁止する刑罰法規が施行せられた場合、その施行後依然継続せられる所持に対して、法令上特にその適用を除外する明文の存しない限り、その新法規の適用せらるべきはむしろ当然である。論旨はかゝる場合新法規施行前に入手した物の所持につきその届出等に関し特別の規定を設けなければ新法規を以てこれを取締ることはできないと主張する。しかし立法の妥当性の問題としては格別、法令の効力上の問題としては到底賛同し得ないところである。されば原審が本件において前示政令第一六五号第一条第一項第三条を適用したのは正当であり原判決には何等の違法もない。論旨は理由なきものである。

同第二点について。

物の所持とは人がその実力支配下に物を保管する行為をいうのであるから、人が物を保管する意思をもってこれに適応する実力支配関係を多少の時間継続して実現する行為をすれば、それによって物の所持は成立するのである。そして一旦成立した所持が爾後存続するためには、その所持人が常にその物を所持することを意識している必要はないのであって、苟くもその人とその物との間にこれを保管する実力支配関係が持続されていることを客観的に示めすに足るその人の容態されあれば、所持はなお存続するものといわなければならない。蓋しもし所持継続のために所持意識の存続が必要であるとすれば、人がその財産を自宅に蔵置している場合においても、その人がその蔵置の事実を失念したというだけのことでその人はその財物の所持を喪失するという、到底是認することのできない結論に到達するからである(なお、昭和二二年(れ)第九五六号同二四年五月一八日大法廷判決参照)。

本件において上告人の主張するところによるも、被告人は所論のミルクを昭和二二年七月頃買受けて所持し自宅にこれを蔵置して、同二三年二月二五日頃に及んだというのであり、しかもその所持が違法たることは論旨第一点に対し説明した通りであるから、仮りにその間被告人において既にミルクが消費されたものと信じていたものとしても、この一事により一旦成立した不法所持罪の存続を否定し得るものではない。果して然りとすれば所論の証拠申請は犯罪の成否そのものには何等の関係もない単なる犯情に関してなされたものに過ぎないといゝ得るのである。そして記録上窺い得る原審審理の経過によれば原審は犯情の点についても相当の調査を遂げているのであって、右証拠申請を却下したことによりこの点に関する弁護人の立証を不条理に排斥したものとは認められない。所論は畢竟事実審である原審の裁量権に属する証拠調の限度に関する裁定を非難するに帰着し上告適法の理由とならない。

同第三点について。

原審は被告人が昭和二二年二月二五日頃自宅において連合国占領軍又は将兵の財産である煙草英国製五〇本入七個、同支那製二〇本入五個、同支那製一〇本入一〇個、ペニシリン一万単位一二本、ライター用油小缶入八個、洗濯石鹸六個、化粧石鹸一二オンス入一箱、ミルク一二オンス入二缶、サッカリン一ポンド入一缶等を所持していたとの事実を認定し、昭和二二年政令第一六五号第一条第一項第三条を適用してその所定刑の範囲内で被告人を懲役六月及び罰金二万円に処断したのである。原審のこの量刑には敢えて不当というべき点は認められず、もとより何等の違法もない。所論は名を憲法違反に藉りて事実審である原審がその裁量権の範囲内で適法になした刑の量定を非難するものに外ならないのであり上告適法の理由とならない。

よって旧刑訴四四六条に従い主文の通り判決する。この判決は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 齋藤悠輔)

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